2026.02.15 · JOURNAL

沈黙を翻訳するということ — 抽象の向こう側

「沈黙」を翻訳するということ — 抽象の向こう側

アトリエの壁に掛けられた真っ白なキャンバス。それを見つめているとき、私はそこに「何を描こうか」とは考えません。むしろ、そこにあるはずなのに目に見えない「沈黙」を、どうやって色の響きに翻訳するかを考えています。

よく「抽象画は何が描いてあるのか分からない」と言われます。それはある意味で正しい。なぜなら、私自身、何かが「そこにある」ことを説明するために描いているわけではないからです。私たちが日常で言葉にする前の、あるいは言葉にしようとした瞬間に指の間からこぼれ落ちてしまうような、名付けようのない感情や時間の堆積。それを掬い上げる作業。それが私にとっての絵画です。

言葉の終わり、絵画の始まり

私は本が好きです。哲学書や文学に没頭する時間は、私にとって筆を持つ時間と同じくらい重要です。しかし、どれほど優れた作家や哲学者の言葉であっても、どうしても届かない領域があることを知っています。

例えば、夜更けにグラスに注いだウイスキーの琥珀色が、氷の解ける音とともに揺れるとき。そこには「寂寥」とも「充足」ともつかない、複雑なグラデーションが存在します。その瞬間、言葉はあまりにも無力です。言葉にした瞬間に、その繊細なニュアンスは「言葉の定義」という狭い箱に閉じ込められてしまうからです。

ヴィトゲンシュタインは「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と言いました。しかし、芸術家という人種は、その沈黙をどうにかして表現したいと願ってしまう業の深い生き物です。私は、言葉が立ち止まるその場所から、絵の具を動かし始めます。

私の作品において、青が重なり、不規則な線が走るとき、それは海を描いているのでも空を描いているのでもありません。言葉になる一歩手前の、震えるような心の波形を、ただそこに定着させようと試みているのです。

ジャズの即興性と、キャンバス上の対話

制作中、私はよく音楽を流します。特にジャズ、それも即興性の強いものを好みます。

ジャズの即興演奏は、無から有を生み出すのではなく、その場に流れる空気や共演者の音に対して「応答」していく行為です。私の抽象画も、それに近い感覚があります。最初の一筆を置いたとき、キャンバスはもはやただの布ではなく、意志を持った他者のように私に問いかけてきます。「この青を置いたなら、次はどうするのか?」と。

私はあらかじめ完成図を用意しません。設計図通りに描くのであれば、それは私にとって「作業」になってしまいます。そうではなく、意図していなかった絵の具の垂れ、重なり合う色の濁り、そうした「偶然」をどう受け入れ、対話していくか。そこにこそ、私という人間と世界との接点が生まれると信じています。

これは、人生そのものにも似ています。私たちは計画通りに生きることはできません。予期せぬ出来事や悲しみ、喜びが不意に現れる。それらをどう解釈し、自分の一部として組み込んでいくか。私の絵における「抽象」とは、そうした混沌とした現実を、一つの調和(ハーモニー)へと昇華させるためのプロセスなのです。

「余白」が語りかけるもの

日本の古びた寺院の庭や、ミニマルな現代音楽に触れるとき、私は「余白」の持つ力に圧倒されます。

私の絵において、何も描き込んでいないように見える部分や、下地が透けて見えるような場所は、決して「手抜き」ではありません。むしろ、そこは鑑賞者の皆さんの意識が入り込むための「隙間」です。

完璧に埋め尽くされた空間は、息苦しさを生みます。一方で、適切な余白があるとき、そこには風が通り、光が差し込みます。その余白に何を感じるかは、それを見る人のその日の気分や、これまでの人生経験に委ねられています。私の作品は、私が完成させるものではなく、それを見つめる誰かの視線があって初めて、一つの物語として完結するのです。

抽象画を前にしたとき、どうか「正解」を探さないでください。そこにあるのは、私という一個人が世界の断片を切り取った、一つの「解釈」に過ぎません。皆さんがその色の重なりの中に、ふとした瞬間に自分の記憶や、忘れかけていた感情を見つけ出してくれたなら。それこそが、私がキャンバスに向かう唯一の報いです。

今夜の終わりに

夜も更けてきました。最後に残ったウイスキーを飲み干して、今夜の筆記を終えようと思います。

明日はまた、今日とは違う光がアトリエに差し込むでしょう。その光の下で、私はまた新しい「沈黙」を探し、キャンバスを汚し始めるはずです。それがどれほど不確かな道であっても、私はこの「形のないもの」を追い求める旅を止めることはできません。

もし私の作品に興味を持っていただけたなら、いつか個展会場でお会いしましょう。そこには言葉ではなく、ただ色と形だけが響き合う空間が広がっているはずです。

それでは、穏やかな夜を。